先日、元同僚の方から開院2周年祝いのメールがあり、その中でお子さんが獣医師を目指して勉強中というお話を聞いたので、1つの例として、自分がどのようにして獣医師になったのかを紹介させていただきたいと思います。

 

まずは簡単な自己紹介から。

 

私は、あおえ動物病院で院長をさせていただいております、吉木 健(ヨシキ ケン)と申します。

 

1981年9月26日に岡山県赤磐市(旧赤磐郡)で生まれ、それから18年間、岡山の地で育ってきました。

 

3人きょうだいの真ん中で、両親とも放任主義だったため、田舎でのびのびと暮らしておりました。

 

運動音痴でしたが、勉強はそこそこできたため、高校は、当時全県学区の県立の進学校だった(今も?)岡山城東高校に進学しました。

 

そして大学は東京大学の理科Ⅱ類というところに進学しました。

 

なぜ近くの鳥取大や山口大の獣医学部を目指さなかったかというと、当時は進路を決めきれなくて、大学に入ってから進路を考える時間が欲しかったので、そういった制度のある大学を選びました。

 

あとは、田舎者だったので東京への憧れがあったのもあります。

 

そして、うちは貧乏だったのですが、東大だったら上京させてくれて生活費も出してくれるだろうという、すねかじり戦略もありました(笑)

 

そして、無事東京での生活が始まり、2年目の終わりには学部を選ぶことになり、その時一番面白そうな学部ということで農学部の獣医学科を選びました。

 

そこから獣医学の専門的な教育を4年間受けたのですが、大学を卒業するために必要な論文が書けなくて、1年間留年してしまいました。

 

周りは皆優秀な方ばかりで、卒論が書けない人間なんて僕一人だけでしたので、もう大学にはいられないと思い、東京から逃げ出してしまいました。

 

逃げ出した先は、きょうだいの住んでいた大阪で、そこで半引きこもり生活をしていました。

 

それから半年間ほど、社会的に最底辺の暮らしが続いていたのですが、そこから救ってくれた人が二人いました。

 

一人は高校時代の同級生で、当時はそれほど仲良くなかったのですが、大学時代からたまにメールをやり取りしていて、その時の自分の状況を聞いても離れることなく、真剣に励ましてくれました。

 

励ましを受け、少しずつ感化され、その人のためにも何とか立ち直ろうと思っていた矢先に、大学の教授から電話があり、大学に戻ってこないかという連絡をいただきました。

 

これは天啓だと思い、急いで東京に戻り、卒論を何とか終わらせ、その年の国家試験も通り、獣医師としての人生を始めることができました。

 

なので、この2人の方には残り人生分の感謝を捧げたいと思っています。

 

その先生からは、新しく働く動物病院も紹介してくださり、「社会貢献できる人になってください」と励ましの言葉をいただきました。

 

なので、残りの人生すべてを費やしてでも、獣医療を通じて社会貢献することが、その方に対する恩返しになると今も思っています。

 

獣医師としての人生が始まってからも多くの挫折を経験しましたが、大学時代のこの経験があったからこそ乗り切れたと思っています。

 

そんなわけで、これから獣医師を目指される方へ、様々な試練が待ち受けているとは思いますが、素晴らしい人との出会いもあると思いますので、是非頑張ってください。

 

獣医療を盛り上げてくれる仲間が一人でも多く出てくることを願っています。

 

あっ、ちなみに恩人の一人である高校の同級生は現在のうちの妻です(笑)